親友の命日
10月は、色々と縁のある月。
親友が亡くなった月でもあり、
祖母の祥月命日でもあり、
姪っ子の誕生日でもあり、
夫の前妻の祥月命日でもあり、
私の誕生月でもある。
だからなのか、、色々と考えさせられる月。
金木犀の話題をInstagramやブログでもちらほら見る季節。
秋に甘い香りが漂ってくると、それらの縁(えにし)のつながりを感じる。。。
親友は10月に亡くなった。40代前半。まだ若かった。
でも、強烈なパッションで生き、走り抜いたような命だった。
彼女とは中学2年にクラスメートになり、お互いに惹かれあった。
彼女は、悲しい時、寂しい時に、よく私に会いにきた。
ある晩、話しを聞いてくれと、彼女が現れた。多分あれも秋頃だったと思う。家から少し離れたところで、いわゆる思春期の悩みを私が聞いていただけだった。自宅では夜中に私が家からいなくなったことで、大騒ぎになっていた。午前1時前になっただろうか、時計は持っていなかった。もう随分遅くなっただろうから、尽きることない話を終えて、とぼとぼ二人で家に帰る途中だった。私たち二人を見つけた父が、鬼の形相で怒鳴りながら近づき、私を思いっきり叩いた。そして父は、彼女の顔を両手で挟んで、真剣な顔で言った。「これから先、こういうことがあるなら、友達付き合いををやめさせることになってしまうぞ!」と。彼女は「、はい。おじちゃん、ごめんさい。」と言ったと思う。父の車で彼女の家まで送る間、二人は暗い後部座席で手を握り合った。少し震えていた。
後日、彼女は私のことをうらやましがった。
心配してくれる親がいて、
真剣に怒ってくれる家族がいることを。
逆に私は、彼女の感性が羨ましかった。
彼女の持って生まれた鋭い感性と器用さに憧れた。
心は不器用だったけど、そんなところは、ほっとけなかった。
彼女の生前、若かりし20代の頃。
サルバドール・ダリの画集に、自らのサインしをして渡してきた。
プレゼントではなく半永久的に私に渡しておく。て言っていた。
今はその画集が彼女の遺品であり形見になってしまった。
私は当時、ダリの奇抜な作品集を理解することができなった。
彼女は、私に言いたかったと思う。
着飾ること、自分を飾っていること、
私の好きな月子は、そんなんじゃないよ、って。
親友だから、時々会いにくるけど、
今のあなたは会いたい月子ではない。
でも、月子は優しいから甘えたい。
私を励ましてよ!って。
彼女と私の感性の戦いは、
いつも私が負けていた。
でも、私はまだ生かされている。
命日にダリのTシャツを着て過ごしてみた。
今なら少しは
彼女が会いたい月子に、なれている気がする。